コラム「湯川黒松林

湯川黒松林

 北北東に幹を傾けて、もがくように枝をくねらせ伸ばす黒松。この周辺は、かつて大森浜から続く砂浜海岸で、海風に舞った砂が吹きつける不毛な土地でした。
 函館の豪商・渡辺熊四郎(初代)は、明治22(1889)年に付近一帯約5万坪の払い下げを受け、潮風に強く砂がちな土壌でも育つ黒松を植林することにしました。明治32年までに20万本の苗を熊四郎の故郷である沼津から取り寄せ、成長した林は北海道で最初の防風防砂林となりました。湯の川の風景を讃した「湯の川八景」には、「湯の尻(黒松林のある土地の古名)の青嵐」とありますから、黒松の枝や幹にふれながら、強い風に煽られてザワつく松葉の音に耳をすますのも良いでしょう。
 また、熊四郎は松林に隣接する土地に古い洋館を別荘として移築しています。ちなみに、その洋館は函館に居留していたドイツ人商人シュルターの邸宅で、明治17(1884)年に広東省出身の陳南養(アヨン)が洋食店「養和軒」を開店した建物でした。さらに蛇足をすれば、函館新聞(当時)に掲載された養和軒の開店広告には「南京そば十五銭」の文字があり、これを根拠にして「函館で日本最古のラーメンが発祥した」という説があります。洋館は昭和50(1975)年の始めころまで現存していました。


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